擁護派でもいいですか?

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私はスポーツ選手の競技以外の批判に対しては特に興味がありません。
最近の話題でいうと「國母和宏選手」や「元横綱朝青龍」がそうです。
彼らは聖人でも何でもなく、単なるアスリートに過ぎないので、
当然、世間が望むような正しい言葉や態度で、今日の出来事やら技の意味などを解説するのが仕事ではなく、
競技の結果のみを評価の対象としている人種で結果が全てなんだと思うのです。
なのに昨今のマスコミは「誰かを日本の悪者に仕立て上げ袋叩きにする」ようなことばかり。
しかもその後何のフォローもないので、世間の興味がなくなるとその人間ごと風化させてしまう始末。

ついでに言わせてもらうと、いわゆるプロセス重視論は理解ができない。
これは「根性」と同じ意味をもつものとして私は最も嫌っている。
日本で大昔から脈々と受け継がれた「負の遺産」だとも思っている。なぜそれが嫌いなのかといえば、
そのプロセス重視論の到達点というのが間違いなく「惜しくも・・・」とか「あとわずかに・・・」などという
未練がましい新聞タイトルだったり、報道タイトルにつながり、
本来勝負の世界は結果が全てで「勝者=強者」なのだ。それをどこか否定する国民性が
選手のメンタル面をいつまでも強くさせられないし、負けたいい訳をどこかで与えてしまっているんだと思う。

元横綱朝青龍は「傷害事件」疑惑を否定できない証拠がありすぎて社会から拒絶されたのかもしれないが、
國母選手の服装問題はだれも傷つけていないにも関らず、試合前にドタバタ劇を演じさせられ、
つっぱて平静を装っていたのだろうけど、どこか落ち着かない本番を向えただろう。
自らまいた種であるから収拾するもの大人の自己責任ではあるけれども、
本来は8位という不甲斐無い結果についてだけ責めを受けることがスポーツマンの姿であるべきだと思う。
きっと國母選手もその責めならば素直に聞き入れる「アスリート」であると信じています。

こういう意見に対しては賛否両論があることは分かるし、答えは時代時代で異なったものにもなるでしょう。
私としては、國母選手が技術面にさらに磨きをかけ、人間的にも一皮むけたら、今よりももっと輝けるんじゃないかなあと思いました。

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by scanmind | 2010-02-18 21:18 | human